中国河南省での日々

2年間の中国河南省の大学勤務や生活の記録を残します

明日は南京訪問、そして一時帰国

1月の期末試験も終了。もう一年の契約更新をして約1ヶ月の冬休み。前回は北京経由だったが今回は南京で2泊して上海から飛行機。南京は一度見ておきたかった。

そもそも私が中国語の勉強を始めたきっかけについて書く。私の大好きな映画「フィールドオブドリームス」にそれを作れば彼はやってくる、という台詞があり印象に残った。そしてある夜、私の祖父はいつどこでどんな思いで戦死したんだろう?ってことが頭に浮かび眠れなくなった。それから時を経て、祖父が上海の近くで戦死した場所を訪問した直後に、中国の言葉も少し勉強してみようと思い立ったからである。

それ以来、これが私の中国語学習のモチベーションになっている。話はさらにそれるが、祖父は1937年11月9日が命日で、その52年後の同月同日に長男が誕生して祖父と同じ名前をつけた。彼は交換留学制度で北京の大学院に留学して学位をとることにもなる。

ここで話を戻す。なぜ南京 なのか。

1937年、祖父がもし11月9日に上海西部にある枫泾镇で戦死していなかったら。その師団は南京に向かっており、祖父も当然12月8日からの南京制圧団の一員として任務を果たしていたはず・・。このことに気付いた時は体が震えた。

私が枫泾镇の地を父とともに訪れたのが2011年3月。それから約8年の年月を経て明日、南京を訪れる。